つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。
一つには往相、二つには還相なり。
往相の回向について真実の教行信証あり。『顕浄土真実教文類』
私たちが浄土に往生し、成仏するという往相。迷いの世界にかえって衆生を救うという還相。吉本さんが言及されるのは還相です。私たちは何かの課題に向かって解決していくというアプローチには慣れており、それをもっと高みにおいてさらに求めていくというのが通常の学問のスタイルだと思います。だから、人間は視野を広げていろんな問題に取り組みそれを克服してきましたし、様々なことを発見理解してきました。ただ、これはまだ真へのアプローチの手前ですから、現時点では正しくても、後の世では誤りであるということもあるはずです。
すらっと考えると私が悟りを開き、苦悩から解放されて仏になるということが目的となってしまいますが、それだけでは不十分だというのです。自分さえ助かればよいということにとどまらず、全てのものを救済していくというはたらきが同時に用意されている。阿弥陀さまの救いには往相と還相が備わっているということ。これはちょっとやそっとでは思い浮かばないようなすごいことだと思います。
大学生か大学院生だったときに「完備なノルム空間をバナッハ空間という」というような今ではすっかり忘れてしまったことを真面目に勉強していたときがあります。その時なぜか『完備な』というところに惹かれたました。漏れがない、穴がない、これは真理を追究するものとして魅力的なことです。
吉本さんが親鸞聖人に魅せられるのは、そう言うところにもあるのではないかと思います。いつの時代になっても、うそがない教え。奇跡みたいな穴を作らない教え。そういうところをもっと広めていけば、現代のあまりにも近視眼的な世相を転換させられるのではないかと思います。
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