東日本大震災により被災された皆さまに
謹んでお見舞い申しあげます

 5月30日(水)春季永代経法要
 5月31日(木) 講師 香川 孝志師

              本願寺派布教使 北九州市鎮西敬愛学園 元校長
             坊守の叔父です。ぜひお参りください。.

  まこと会便りは右のメニューから選択・クリックしてください。
平成23年12月号、平成24年1月号をアップしました。H24.3.16

柏レイソル優勝&コンサドーレ札幌J1昇格

 なぜゆえに、サンフレッチェではなく柏?、何で札幌?みたいに思われましょうが、これは過去ログを見ていただければお分かりいただけます。今から4年前、広瀬小学校の100周年行事を行う際、母校の有名人、当時柏レイソルの石崎監督を招聘しようと動いた時があったのでした。柏レイソルのスタッフの方、後援会の方にも良くして頂き、石崎監督の講演会&サッカー教室は好評を得ました。その後、広瀬小学校のサッカーチーム広瀬SCは県4位、そしてU-13の日本選抜選手?を輩出するまでの活躍を見せております。その一方、石崎監督は札幌に移られ、柏レイソルもJ2降格など低迷しておりました。
 それが、今年柏レイソルがJ1制覇、そして石崎監督率いるコンサドーレ札幌も3位ながらJ1昇格を決めました。とてもうれしくて、当時購入したユニホームを引っ張り出してきました。
 柏の日立台スタジアムは、観客収容人数15,000人くらいのこじんまりしたサッカースタンドですが、そんなのが旧市民球場跡地にできれば、サンフレッチェも盛り上がるんじゃないでしょうか?ビックアーチまではなかなか足が向きません。 コンサドーレ札幌の最終戦、39,243人動員はすごいですが、コンスタントに2万人弱くらい集められるスタジアムがあればと思います。横川を中心になでしこリーグにも参入するみたいですから。

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報恩講・秋季永代経法要

10月27日報恩講
10月27日報恩講、28日秋季永代経法座を勤修いたしました。
ご講師は瀧渕良孝師、当山でもなじみの深い先生です。
 
  生死の苦海ほとりなし ひさしくしづめるわれらをば
  弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける

ご命日というのは、いのちの日、いのちを考えさせていただく日です。昔は親鸞聖人、法然聖人のご命日と毎月2回の寄講が開かれていました。いのちのことを考える機会がたくさんあったのですね。私たちは縁がないとなかなか気づかない。五日市の方ではお悔やみの言葉に”ごもっけ”という語が使われます。「もっけ」=「勿怪」(あやしむことなかれ)であり、死ということはまれなことではないということを意識しています。紙の表面だけで紙が成り立っているのではなく、裏もあることと同じように、死をしっかりと受け止めている姿の表れでしょう。どこか表面的なところばかりクローズアップされる現代においては、人間さえもいのちとしての扱いが受けられないこともあります。私たちは敬うことを忘れているのではないでしょうか。給食において「いただきます」を止め、ピッーと笛の音で食べ始める学校もあると聞きます。手を合わせる場というのは、人間に生まれる因縁を考えさせ、損得だけではなく、背後にあるいのちを見ていく、そういう受け継いできた姿勢を後の世にも種をまいていかなくてはいけないのではないでしょうか。

縁によって何にでもなる凡夫。私たちはお聴聞して「まことの心を聞いていく」ということ、人生を生きていく上で軸になるものを持ち受け継いでいくことが大切です。

おとき
打越の御同行、まこと仏教婦人会の皆様にお斎を作っていただきました。大変美味しくいただきました。

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ハーバード白熱教室

 23日夜NHKにて放映されていたマイケル・サンデル 究極の選択 第3回「ビンラディン殺害に正義はあるか」という番組を観た。
 アメリカ、日本、中国の学生たちが、テロと生死の問題について議論するのだが、なかなか興味深いものであり、踏み込んだ問いかけを行うものであった。
 今から20年前、私がまだ会社員であったころ、社内の英会話教室に参加していた。そこでは、ある議題をテーマにグループでフリーディスカッションをするというスタイルがとられていた。そのときのテーマのひとつがテロリズムにどう対処するかというものだった。
 ハーバード大卒の才媛講師のスタンスは、徹底的にテロを叩くという立場であったが、その時トーマス・ハリスの「ブラックサンデー」を読んでいた私は、つたない英語で、テロを叩くのも理解できるが、それでは更なる復讐(リベンジという語を引いたのもそのときが始めて)を生むだけではないのか。そもそも、なぜテロが生じるのか、あなた方の正義が正しくないからではないのか。一方的な正義を押し付けることによって抑圧される人が出るということを問い質さないといけないのではないか、みたいなことを反論した。英語がうまくしゃべれないので、しどろもどろであったが、講師が真っ赤になってまくしたてたところを見ると意は伝わったみたいだった。周りの人も私に賛同する人もいたので、議論は白熱した。
 うがった見方かもしれないが、こういうことを議論するときに、自分は絶対テロリストにならないと傍観者の立場で高みから意見する人がアメリカ人には多いような気がする。でも、縁によってはテロリストにもなり、人を殺しかねない私たちである。正義を所有するととんでもない間違いを犯すこともある。そんなことにならないように対話することは大切であるし、自分は間違いを犯すかもしれないということを知って抑止することが大切であると思う。時には正当でない判断を下さなければならないときがくるかもしれない。

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七月四日にまこと会夏法座を開きました。

 春季永代経法座のことを書こうと思っていたら、こんなに日が経ってしまいました。まこと会便り7月号に坊守の覚え書きがございますので、そちらをご覧下さい。
 さて、これも少し時間の経った話ですが、7月4日に仏教婦人会のまこと会夏法座を開きました。講師は私、住職です。
 毎回、数ヶ月前から話の内容についてノートに書き出すのですが、今回はなかなか思うような話を思いつかなくて、当日を迎えました。ただ、その日の夢に「あそぼうっていうと あそぼうっていう・・・」というACで何度となく耳にした金子みすゞさんの詩が出てきました。私はよく考え事をしていると、何気ないときにアイデアが浮かんだりするのですが、まさしく今回もそうでした。それで、親鸞聖人の和讃と金子みすゞさんの詩をテーマに話を構成しました(つもりです)。
 親鸞聖人の和讃に触れると、時間軸、空間軸の広がりを意識します。私たち人間の枠を取っ払ってダイナミックに阿弥陀さまの働きがクローズアップされます。
  願力無窮にましませば、罪業深重もおもからず
  仏智無辺にましませば、散乱放逸もすてられず
一方、金子みすゞさんの詩は一般とは視点が異なり、どこか自分を客観視した広がりを感じます。自分の枠を超えて俯瞰的に観察する視点があります。ただ、引っかかるのはその金子さんが自死したという事実。いのちの大切さをよく理解されていたにも関わらず、そうなってしまった現実。こうすればこうなるという単純化がなされないところに人間の苦悩の深さがあります。一つには社会環境も重要なファクターであろうかとは思いますが、救いとは何だろうか、と突きつけられている感じがします。

 先日珍しく中日にカープが三連勝した際に、プロ入り13年目にして初本塁打を打った井生選手のコメントに
  ”腐らないため、「自分を客観的に見る、もう一人の自分」をイメージし続けて練習に打ち込んだ。”
とありました。日の目を見ないかも知れないけど、自分のことでいっぱいいっぱいになるのではなく、客観視していくことは大切なことだなと感じました。今の自分で大丈夫という自信が持てるように。

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来週25日、26日と春季永代経法要を勤めます

 今回の法座の御講師は、真宗大谷派常念寺住職の桑門真昭さんです。お寺は中国電力と中電病院の間に位置し、私が広島に帰ったときから親しくさせていただいているご住職です。
 ある総代さんの奥様より、桑門師のお話が聞きたいとのリクエストがございましたので、今回ご出講いただくこととなりました。
 まこと会だよりにもあるように、身近な疑問などを分かりやすく、時には難しく(知っていると尊敬される??)解説いただきますので、楽しみにしてください。
 寺町では今週から再来週にかけて御法座が目白押しです。

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親鸞聖人750回大遠忌法要参拝

 ホームページを少しでも更新しやすいように、と仕様変更したのですが、東日本大震災が起こり、なかなか気が進まないまま今日まで来てしまいました。

鼉太鼓(だだいこ)

 真宗大谷派、浄土宗では法要の一部を取りやめたりされたそうですが、本願寺派では当初の予定通り4月9日より法要が始まっております。

 私たちの広陵西組では、4月13日、5月9日と京都・本願寺に参拝してきました。4月のときは震災の影響からか、お参りも若干少なかったのですが、5月には満堂となっておりました。

 4月は音楽法要、5月は平たく言えば通常のお勤め、と二種類の法要にあわれたご門徒もいらっしゃり、それぞれに感動されたようです。

 「まこと会だより」23.5月号に坊守のレポートがありますので、右上⇒のメニューよりご覧になってください。

 50年に一回のご縁ですから、皆様方もぜひお参りください。

私たち広陵西組では、次回(最終回)10月11日にお参りします。スケジュール等はココにチラシを置いておりますのでご参照ください。(広島以外にお住いの方も新幹線料金を除いたプラン等をご用意しておりますので、光圓寺までご相談ください)

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マジックエッグ

 

 実は一昨年の話なのですが、PTAの慰労会でMagic Eggなるものをいただきました。それを去年の夏に栽培してみました。

説明書には花も咲かないし、種もできないみたいなことが書いてあったのですが、水をやるとみるみるうちに大きくなってきました。そこで、植木鉢に植え替えかえたのですが、それでもぐんぐん伸びていくので、とうとう庭に植えてみました。

成長はとどまることを知らず、2階を跳び越し3階まで達しました。そして、花は咲かないかと思っていたのですが、なんと可憐な花を咲かせました。

 さらに、なんと”なた”のようなさやが・・・なたまめの一種でしょうか?結構楽しめました。

ちなみに、第一段階の双葉には”Thank you”と刻印?されていました

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宮崎県知事選挙

 宮崎県の県知事に高校の同級生が当選した。去年の広島県知事に続き母校の同年代の知事の誕生である。圧倒的に有利な選挙だったから、報道も関心はないのだろうけど、東国原知事のときとえらい違いである。しかも、地元の中国新聞でさえ共同通信の記事の転載である。
 いろいろと問題も残され大変な舵取りではあるけど、十分県民の期待に応えてくれる人材だと思う。もう少し広島からも応援してあげられたらいいのだけど。

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高免信喜ジャパンツアー


 法座の次の日、ニューヨークを拠点とするジャズギタリスト、高免信喜さんのコンサートを本堂で行いました。初めての試みなので、何もかも手探り状態。聴きに来てくれる人はいるのだろうか、という心配もあった中、松本印刷さんのチラシの効果か、予想を上回る反響で、チケットは完売!(水増し刷り・・・みんなが来たら困るかも)そして、当日、光圓寺は満堂!ご法座の時もこれぐらい来てくれたらいいのにね(^^);
 昼過ぎに来た高免トリオの皆さんは、まず入念な音響チェック。初めての場所なので戸惑いもあったようですが、最終的にはバッチリです!と。リハーサルも終え、あとは観客の皆さんを待つばかり。満員御礼状態に高免くんもにんまり。気合いが入った模様。
 あとは高免トリオの演奏に聴き入る皆さんを見て私がにんまり。高免くんのお父さんが、「ドラムの吉川くん、最高に乗ってますよ」と耳打ちしてくれました。観客の皆さんは演奏に酔いしれ、高免トリオの皆さんもこの空間を気に入ってくれたようです。後日、月忌の時のヒアリングでも大変好評で、ギターの高免くんはもちろん、ベースのレニスさん、ドラムの吉川さん、それぞれの演奏に感動されたようです。
このライブの模様は、11/5のケーブルテレビで放映されました。
P.S.高免くんとの出会いは、2006年9月。9.11の事業でニューヨークを訪れた際、NY広島県人会の納涼祭でギターの生演奏を聴いたのが始まりでした。ニューヨークメッツの試合を途中で切り上げて、納涼祭に行っていなければ出会ってないかもしれない・・・不思議なご縁です。このブログ、「サイト内検索」で”高免”と検索すると関連記事が出てきます。 

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報恩講


 10月19日報恩講、20日秋季永代経法要として法座を勤めさせて頂きました。
ご講師は松林行圓師。おときのあとの昼席では眠気を催さないようにと、同行と同じ目線でお話しされました。私たちはだんだん絆を断ち、お金至上の個人中心主義になっていますが、それでいいのでしょうか。フーテンの寅さんは勝手気ままに生きているが、結局家に戻ってくる。そこには家族の絆があり、それをみんなが感じている。寅さんの最期を描いたとも言える「おとうと」では、そんな絆を断ち切ったように見えても切れない絆がしっかりとある。肉親の最期を受け入れていく中で改めてその絆というものに気づかされる。
 声の仏さま 名声聞十方、 南無阿弥陀仏 それこそが仏さまそのものだったと気づかせて頂くことが大切。人生の最期に人間に生まれてよかった、と思える人になれたらすばらしい。

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