お知らせ

5月28日(火)、29日(水)13:30~ 春季永代経法要

              講師 長尾 量之 師   

手紙

 先日坊守が礼状を整理していたら、ある手紙が出てきたと私に告げた。見てみると、2年前妹のところのお寺(埼玉県の草加市)に説教に行ったときのことが記されていました。
 その時の法話はいつもと勝手が違い、冷や汗ものだったのですが、お手紙にはやさしい言葉がつづられており、少し胸に来るものがありました。
 その方は光圓寺のご門徒の方で、草加にも娘さんご夫婦と一緒に時々お参りに来られていたようで、義弟もよく知っていたようでした。私はというと、お名前は存じ上げていたのですが、お会いしたのは初めてでした。
 その方はその数ヵ月後に亡くなられたのですが、お会いしたときのことはよく覚えています。というのも、法話会の直前に私は人間ドックを受けたのですが、その時腹部エコーで肝臓に影があり、腫瘍の可能性が・・・良性の場合もありますが・・・と指摘されました。それでCT検査を行うことになったのですが、そこの病院では受診できるのが一ヵ月後、そんな不安な状態で法話なんかできるだろうか、という状態でした。
 それで、かかりつけの先生に相談し他の病院で検査を受けることになりました。結果は良性だったのですが、そんなものができていること自体ショックでした。結果が分かったのが一週間前で、そこから気を取り直して草加に参ったのですが、十分にお話しすることはできませんでした。それでも、法話後うちのご門徒さんにお会いできたことは何よりうれしかったです。来て(来れて)よかったと。
 ちょっとした状況の変化で、その方とはお会いできなかったのかもしれません。でも、お会いできたということは不思議なご縁です。
 お亡くなりなられたことは寂しいことですが、何か強烈な結びつきができたような気がします。遠く郷里を離れても気にかけてくださる人がいる。そう思うと一つ一つのつながりをこれからも大切にしていきたいと思います。

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facebook

住職継職法要

facebookに「光圓寺」とスポットを登録していたら、組長さんからいいね!をクリックしてもらいました。写真は貼り付けていませんが、webページから拾えるみたいなので、私の継職法要のときの写真をアップしてみました。アメリカの写真では何だかなぁ、という感じですので。

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報恩講・秋季永代経法要

報恩講・秋季永代経法要10月25日報恩講、10月26日秋季永代経法要を勤めさせて頂きました。ご講師は湯来町の吉崎哲真師です。

両日とも穏やかな天候で、多くの御門徒様にご聴聞頂きました。また、今年のおときは、南観音東地区の方々がご接待くださいました。ありがとうございました。 

 今年はご講師の吉崎先生を慕って光圓寺の門徒以外の方のお顔も目立ちましたが、おときのお料理がとても美味しいと喜んでおられました。

 浄土真宗の教えを頂く同行として、共におときを頂く良いご縁をいただきました。

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ニューヨーク訪問

 

 今年3年ぶりにNYに行ってきました。

五日市の消防団の方々が関係を築かれた9.11のニューヨーク消防の慰霊式典に、はたで観ているだけですが参列したり、グラウンドゼロ近傍の消防署の前でのとうろうの点燭などのお手伝いをさせていただきました。

また、今回は少し足を伸ばしてアトランタに住む大学時代の友人を訪れました。日本の企業に勤めている彼ですが、その借り上げ社宅?はゲストルームが何部屋もある大邸宅でした。

電気・電子工学科でも高校のときからアマチュア無線とかアンプ作ったりっていう根っからの電気マニアはあまりいなかったのですが、彼とはそんな趣味があう友人でした。地下室にはうらやましいかぎりの機器が光を放っていました。

そんな彼の書棚をふと見ると電気回路(Ⅰ)とかディジタル代数学などの昔懐かしい教科書が並んでました。「うちと同じだ」とつぶやくと「捨てられないし、今でも参考にすることあるんだよね」。全然専門とは違う道に身を置く彼ですが、やはり昔学んだこと大切に振り返る横顔はいいものです。

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盂蘭盆法座

8月13日午前9時より、初盆追悼法要・盂蘭盆法座を勤めさせて頂きました。

100名を超す参拝があり、本堂は少し混雑しましたが、皆さんと一緒に阿弥陀経をお勤めし、前住職の法話を聴聞しました。

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原爆忌と原発問題

 昨日は原爆投下後67年経過した原爆忌でした。最近は広島市市民局からも8時15分に打鐘して下さいのお願い文が届きますが、言われなくともこの時間にはお勤めしているお寺が広島では100%でしょう。
 さて、今年も夕刻よりNPO団体のお手伝いをして来ました。原爆ドーム周辺はは昨年もたくさんの人だったのですが、今年はそれ以上だったように思います。多くの方が平和を願う日になればと思います。
 ただし、少し気になることがあります。昨今の風潮で原発問題をこの日に絡めてデモ行進したり、声高らかに主張する人が多くお越しになったことです。フェイスブックを閲覧すると、広島の人はこれに違和感を感じるようで、私もその一人です。原子力の危険性は分かるのですが、原爆でなく亡くなられた方を悼む一方で我が主張を吹聴するのは残念です。歩いてこられたのなら理解できますが、多くのエネルギーを使って移動して来られた方は、そもそも我が意を主張する前にエネルギーを使わねばならない自分というものを見つめて欲しいと思います。
 何かを伝え、時には我が身を運ぶ手段として、電気は使い勝手のいいエネルギーです。しかし、それを作るには発電装置が必要で、何らかの一次エネルギーを電気に変換する必要があります。その一候補として原子力は存在します。その規模に対する発電量は相当なもので、私は原子力発電の研究は続けていかなくてはいけないと思います。
 福島の問題は、東京電力が十分に保守制御できなかったことに尽きると思います。想定外のことが起こって、現場には精通した技術者がいなかったという事実です。地震発生後、2,3日後の朝日新聞には現場では必死の思いで自動車のバッテリーをつないでポンプを動かそうとしたができなかった。こんなことを報道してもいいのか、と思いました。電気屋さんが電気をつなぐことができなければ失格です。原子炉の冷却装置は距離を稼ぐために複雑な配管になっているはずですが、そこに亀裂が入り水を十分に循環させることができなかった、というのなら理解できます。稼働後40年近く経って、大事が起こらないのをいいことに、ほとんど外注任せだったことが伺えます。
 危ないから止めるのではなく、エネルギーを消費することを覚えた私たちは原始時代にはもう後戻りできない、という事実をみつめ、より安全な技術を探求するという努力を怠ってはいけないと思います。いずれ氷河期も訪れるでしょうから。

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まこと会夏法座その2

 つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。
 一つには往相、二つには還相なり。
 往相の回向について真実の教行信証あり。『顕浄土真実教文類』

 私たちが浄土に往生し、成仏するという往相。迷いの世界にかえって衆生を救うという還相。吉本さんが言及されるのは還相です。私たちは何かの課題に向かって解決していくというアプローチには慣れており、それをもっと高みにおいてさらに求めていくというのが通常の学問のスタイルだと思います。だから、人間は視野を広げていろんな問題に取り組みそれを克服してきましたし、様々なことを発見理解してきました。ただ、これはまだ真へのアプローチの手前ですから、現時点では正しくても、後の世では誤りであるということもあるはずです。
 すらっと考えると私が悟りを開き、苦悩から解放されて仏になるということが目的となってしまいますが、それだけでは不十分だというのです。自分さえ助かればよいということにとどまらず、全てのものを救済していくというはたらきが同時に用意されている。阿弥陀さまの救いには往相と還相が備わっているということ。これはちょっとやそっとでは思い浮かばないようなすごいことだと思います。
 大学生か大学院生だったときに「完備なノルム空間をバナッハ空間という」というような今ではすっかり忘れてしまったことを真面目に勉強していたときがあります。その時なぜか『完備な』というところに惹かれたました。漏れがない、穴がない、これは真理を追究するものとして魅力的なことです。
 吉本さんが親鸞聖人に魅せられるのは、そう言うところにもあるのではないかと思います。いつの時代になっても、うそがない教え。奇跡みたいな穴を作らない教え。そういうところをもっと広めていけば、現代のあまりにも近視眼的な世相を転換させられるのではないかと思います。

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まこと会夏法座

 さる7月3日、早朝より降り込んだ雨にも負けず、まこと会夏法座を勤めさせていただきました。
 あろうことか今年初の本堂地下浸水。朝5時過ぎより警戒はしていたもののシャッターを通り越して一挙に流れ込む雨水に大した手立てもできず、ひたすらポンプのある地下壕に雨水を送り込むだけ。シャッターの前はひざほどにまでは浸水していたことでしょう。
 そんなこんやで、寝不足のまなこを閉じないようにご法話させていただきました。
 今回のテーマは往相還相回向。きっかけは吉本隆明さんの週刊新潮の載っていた原発論。私には吉本さん=左寄りというイメージがあったのですが、原発を無条件に棄てれば人間はサルになるというもの。私も同調する意がありました。それは、後日述べたいと思います。
 そこで、新たに最近目がとまった本が吉本さんと脳科学者茂木健一郎さんとの対談集『「すべてを引き受けるという」思想』でした。ご両人とも母校東工大に関わりのある方。読み進めていくうちに引っかかったのが「還りの目」ということでした。

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春季永代経法要

20120530永代経法要

 5月30日、31日と光圓寺では春の永代経法要を勤めさせて頂きました。ご講師は坊守の叔父でもある香川孝志師(北九州・鎮西敬愛学園元校長)でした。両日とも暑くも寒くもないちょうどよい気候でたくさんのお参りがありましたこと、厚く御礼申しあげます。

 永代経と言っても、永代経というお経があるわけではなく、そこには一字隠されている。永代読経と記せば分かるとおり、永代に続いて真実の教えであるお経が読み続けられることを願い勤まる法要です。中国漢の時代の礼記(らいき)という儒教の書物に「身は父母の遺体なり」とあります。我が身は父母が遺してくれた身体である。どうして敬わずにいられようという心が伝わります。10代さかのぼって親を数えると2046人、30代では2,147,483,646人になります。(2^(n+1)-2)中国の道安(314-385)は位牌は儒教や道教が作ったものであり、仏教で生きた者が位牌を使うのはおかしいとし、仏教で生きた証の名前として釋氏を名乗った。これが法名の創始です。

 智慧光のちからより 本師源空あらわれて
 浄土真宗をひらきつつ  選択本願のべたまう

 親鸞聖人は自ら浄土真宗を開くと宣言されたわけではない。和讃の通り、阿弥陀如来の智慧の力によって法然上人がこの世に誕生され、浄土真宗を開いたといわれます。親鸞聖人は師と同じようにいただいて師の真髄の教えを広めていく立場(師資相承の立場)をとられています。

 姉と妹はどちらが先に生まれたでしょう。姉と答えますか?しかし、妹が生まれたというご縁があって初めて姉が生まれるのです。すなわち同時です。この世は縁起の世界です。私たちはお浄土へ参らせてもらい仏となって戻ってくることができる。往相還相回向を信じるところに安心を頂く。それは仏さまの安心であるからです。

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柏レイソル優勝&コンサドーレ札幌J1昇格

 なぜゆえに、サンフレッチェではなく柏?、何で札幌?みたいに思われましょうが、これは過去ログを見ていただければお分かりいただけます。今から4年前、広瀬小学校の100周年行事を行う際、母校の有名人、当時柏レイソルの石崎監督を招聘しようと動いた時があったのでした。柏レイソルのスタッフの方、後援会の方にも良くして頂き、石崎監督の講演会&サッカー教室は好評を得ました。その後、広瀬小学校のサッカーチーム広瀬SCは県4位、そしてU-13の日本選抜選手?を輩出するまでの活躍を見せております。その一方、石崎監督は札幌に移られ、柏レイソルもJ2降格など低迷しておりました。
 それが、今年柏レイソルがJ1制覇、そして石崎監督率いるコンサドーレ札幌も3位ながらJ1昇格を決めました。とてもうれしくて、当時購入したユニホームを引っ張り出してきました。
 柏の日立台スタジアムは、観客収容人数15,000人くらいのこじんまりしたサッカースタンドですが、そんなのが旧市民球場跡地にできれば、サンフレッチェも盛り上がるんじゃないでしょうか?ビックアーチまではなかなか足が向きません。 コンサドーレ札幌の最終戦、39,243人動員はすごいですが、コンスタントに2万人弱くらい集められるスタジアムがあればと思います。横川を中心になでしこリーグにも参入するみたいですから。

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